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クラシックから日本の歌謡曲まで、音楽のジャンルの歴史と変遷

多くの音楽が溢れる時代


現代ではラジオやテレビ、インターネットなどを通して、私たちは多種多様な音楽に触れることができます。CDショップや楽曲のダウンロードサイトを見てもたくさんのジャンルがあり、人それぞれ好みによって聞くものも異なるでしょう。クラシックやジャズ、ロックといった大きな分類のみならず、ロックというジャンルに絞ってみても、その中にはハードロックやパンク、デスメタルなどロックの中にも細かなジャンルが存在しています。
音楽の種類は細かく分けられたものまで含めると、実に380種ほどのジャンルに分類ができると言われています。個人の好みは育った環境や、その時に流行していた曲などによって大きく左右されるでしょう。そのため楽器を習っている人ならクラシックに触れる機会も多く、馴染みもあるでしょうが、若い人の多くはテレビ番組やCMなどで流れ、よく耳にするポップスやロックから興味を持つことが多いかと思います。
時代の流れと共にその種類は細分化していき様々なジャンルが流行しました。しかし、その時々の流行が現れても、聖歌から始まり大きな発展を遂げたクラシックや、20世紀初頭のアメリカで黒人ミュージシャンによって発展したジャズも依然として根強い人気を誇っています。
様々な音や旋律を奏で、私たちの生活と密着している音楽には、人の心を癒やしたり元気付けてくれたりする効果があります。広い世界なので、最初のうちは何を聞いたら良いのか迷ってしまいそうになりますが、一歩踏み出してみると新たな感動に出会うこともあります。今まで聞いたことのなかったジャンルでも、意外な名曲を発見するかもしれません。たくさんのものに触れて、お気に入りの1曲を探してみましょう。

クラシックの歴史


現在でも幅広い年齢層から支持されているクラシックの始まりは6世紀頃、教会で歌われる聖歌から始まったと言われています。最初は単旋律だったものも、次第に複数の旋律が合わさり、やがて幾つもの音を重ねた豊かなハーモニーへと発展します。その後15世紀からのルネサンス時代を経て17世紀初頭頃から18世紀半ば頃にかけてはオペラが誕生し、オルガンやチェンバロといった鍵盤楽器の発達もあり、バッハやヘンデルが活躍したバロック音楽が広がります。
18世紀中頃から19世紀初頭にかけては、交響曲の父と呼ばれるハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンなどの作曲家が活躍する時代に入ります。この時代のものを古典派と呼びます。この頃になると王族や貴族たちの間だけでなく、一般市民に広がり始め、街中でコンサートが盛んに行われるようになります。作曲家たちの生活も一変し、それまでの王族や貴族からの援助に頼るのではなく、才能のある人は楽譜を販売するなどして自立した生活を送られるようになりました。
19世紀初頭から20世紀初頭にかけては作曲を自己表現の手段とする作曲家が台頭し、理論や合理的な思考よりも感情的な部分に重きを置くようになりました。ロマン派と呼ばれたこの時代には、新しい手法も多く生み出されクラシックの幅が広がります。ロマン派が自己主張の激しい作風だとすれば、その後に起こる近代音楽はドビュッシーやラヴェルの曲のようにふんわりとした作風のものへと変わります。1920年以降の現代音楽では、それまでの理論や常識を越えた新しく独創的な作品が生まれ、新たな可能性を引き出そうと模索と試行が続いています。

日本の音楽の変遷


日本でも古くから生活の中に音や曲が取り入れられていたと考えられています。縄文時代には土器と共に土でできた鈴が遺跡から発掘されており、祭祀の時に使われていたと推測されます。もともとは呪術的な要素が強いものでしたが、現在でも干支の動物をかたどった土鈴は縁起物として親しまれています。弥生時代になると青銅でできた大量の銅鐸が埋葬されるようになりましたが、大型のものは楽器として使われていたかどうかは定かではありません。
5世紀頃から8世紀頃にかけては大陸からの音楽が輸入され、朝鮮半島や中国の影響を色濃く受けるようになります。しかし、平安時代に入って遣唐使が廃止されてからは少しずつ日本古来のものと一緒に整理され、日本式の雅楽へと移り変わります。その後、鎌倉・室町時代の武家社会に入ると、猿楽や能、狂言へと発展して市民の間にも広がります。江戸時代には三味線の伴奏に太夫が歌やセリフなどを語る浄瑠璃の他、浄瑠璃と同様に三味線を伴奏にするものの語りを入れず唄を中心とした長唄、琴をメインとして演奏する筝曲などの「邦楽」が大成しました。
江戸時代と共に鎖国が終わると、明治時代になってからは国策として西洋音楽を取り入れる動きが始まります。教科書でもお馴染みの『花』や『荒城の月』の作曲家である、瀧廉太郎はこの時代に多くの歌曲やピアノ曲を残しました。大正から昭和にかけては西洋の技法の中に日本人の民族性などを取り入れた曲が作られるようになり、1960年代半ば頃からは民謡の音階などから取られた演歌の流行や、欧米のポップミュージックを取り入れたものなど、その方向性も様々に変化を遂げています。

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