書籍「音楽教育のススメ(幻冬舎)」

［序章］なぜ今こそ音楽教育が必要なのか
［第1章］音楽教育のあゆみ　～古代ギリシア、欧米諸国、日本～
［第2章］「感性」を磨く　～本物を見極める価値判断力を身につける～
［第3章］「論理的思考力」 を鍛える　～物事の本質を捉える力を身につける～
［第4章］「自己表現力」を養う　～ありのままの自分で社会と調和するために必要な力とは～
［第5章］子どもの音楽教育のために親ができること

著者の小林洋子さんは、音楽教師であると同時に、子どもから大人まで幅広い層の人々を受け入れている音楽教室の主宰で経営者でもあり、かつ一児の母でもある、という3つの顔を持っている。私から見れば想像もつかないほど、大変なエネルギーを持った人物である。
これほど「教育」を真摯に考え、またすべての人にわかりやすく優しさに溢れた、しかも大変にやわらかいタッチで文章として表現化された本は今までなかったのではないだろうか。「理想と現実」との乖離。一人の人間がこの世に生まれ、生きること、そして人としてより良い生き方を誠実に真摯に考えれば考える人ほど、この矛盾に悩み、苦しみもがくのではないだろうか。「教育」についてもまた然りである。
この本では、人類の普遍的文化、世界の音楽教育、現在の社会の動き、過去→現在→未来への一つの時間軸の流れから、著者自身の鋭い考察と人間的直観で見据えながら、将来を担う子どもたちだけではなく、生きる希望や夢を失った大人たちにもこのままではいけない、今こそ目を覚まして一緒に考えなくては、そして行動しなければと警鐘を鳴らし、音楽の力によって未来を変えていくあり方、必要性を、ロジックな展開によって、その具体的な方法を直接我々に与え、人間の本質をはっと気づかせてくれる大変に豊かな内容となっている。
この本は、紛れもなく、今現在コロナ禍で激動する社会とそして個人としての人間の生き方、社会との関わりについて、音楽教育を通じて世界を根本的に変える力を持った、そして人々の意識を変革する大きな原動力を秘めたすべての人の必読の書である。

私はMBA(経営学修士)で経営学を教えています。MBAでは分析的、合理的、理性的な思考を大事にします。しかし現代のように先が読めない環境では、ものごとを正確に分析して合理的に決めることには限界があります。そのような社会では読解力や感性力、表現力が必要になります。そこで最近、音楽や美術といったMFA(芸術学修士)が経営者教育として注目されるようになりました。音楽教育は経営者教育だけでなく、人間力を高めるのに最善の方法です。日常的に音楽に触れ、自分なりに曲のテーマや意味を読み解くことで、感性力が身につきます。さらに、自分が感じたことを他の人に「感じさせ、共感させる力」をもつことができます。文字や言葉を通じて伝えることは簡単ではありません。でも音楽は演奏という手段によって音で表現することができます。音楽を学ぶこと、その本質は人間力を高めることです。それが本書のメッセージです。

本書では、これからのAI時代を幸せに生き抜くために、音楽教育が、なぜ、どのように、役立つかについて、芸術、哲学、科学、工学などの豊富な引用とともに体系的に論じられています。その体系は、「感性」、「論理的思考力」、「自己表現力」から成ります。私が教鞭をとる東京大学工学部でも、これらの能力が重要視されています。工学部で「感性」とは意外に思われるかもしれません。しかし、科学、工学に求められる本質の理解と創造のためには、本書で述べられている様に、感性と論理的思考力の両方が必要な素養となるのです。さらに、自己表現力として本書が指摘する、「表現として許容される枠組みのなかで、いかに独自性や新奇性を出せるか」は、私が研究する新奇性と受容性の理論と合致し、人々に広く受け入れられる創造、すなわちイノベーションに欠かせない能力となります。このように、本書には、音楽を起点としつつも、幅広い分野に応用できる知見が詰まっています。これまで音楽と接点がなかった方にも一読をすすめます。本書を読むと、音楽教育が人生の総合演習であることに気づかされることでしょう。

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