子どもに音楽の習い事をと考えるとき、「耳がいい子に育ってほしい」「あの子は耳がいい」といった言い方をよく耳にします。ただ、「耳がいい」が何を指しているのかは、話す人によってかなり違います。
先に区別しておきたいことがあります。一般的な純音聴力検査では、周波数ごとにどの程度小さな音まで聞き取れるかという聴覚の閾値を調べます。一方、音楽のレッスンで扱っているのは、聞こえている音を聴き分けたり、覚えておいたり、必要な音に注意を向けたりする働きです。この二つは同じものではありません。
この記事では、音楽でいう「聴く力」を五つの観点に分けて整理し、聴力との違い、研究で分かっていること、家庭でできることを順にご説明します。なお本記事は、音楽センスと呼ばれる力のうち、音を聴き分ける側面を細かく見たものにあたります。
「耳がいい」は日常のなかで使われる言葉であり、決まった定義はありません。そこで本記事では、音楽の学習で実際に扱われている内容を、次の五つの観点に分けて整理します。
| 観点 | 内容 | 音楽での例 |
|---|---|---|
| 音の高さを捉える | 高低や音程の違いを区別する | 二つの音の高さが同じか違うかに気づく |
| 音色を捉える | 同じ高さでも音源による響きの違いを区別する | ピアノとヴァイオリンの音を聴き分ける |
| 時間・リズムを捉える | 長短、拍、テンポ、リズムパターンの違いを聴く | テンポやリズムパターンが変わったことに気づく |
| 聴いた音を保持する | 短い音の並びを一時的に覚えておく | 短い旋律を聴いて歌い返す |
| 特定の音へ注意を向ける | 複数の音のなかから目的の音を追う | 複数の楽器のなかから一つのパートを追って聴く |
この五つは、研究上確立された唯一の能力分類ではありません。音楽の学習で起きていることを分かりやすく整理するための観点として用いています。また、上下のある段階ではなく、順に積み上がるものでもありません。何が得意で、どこに手をかけるとよいかを考えるための目安としてご覧ください。
なお、音の高さに関する力には、音同士の関係を捉える力や、基準となる音を聞かずに音高を音名として識別する力などがあります。後者は絶対音感の一つの表れです。絶対音感の定義や身につけ方については絶対音感とは?で詳しく扱っています。本記事では、音の高さを「聴く力」の一つの観点として扱うにとどめます。
一般的な純音聴力検査では、周波数ごとにどの程度小さな音まで聞き取れるかという「聴覚閾値」を調べます。臨床の場では、このほかにも複数の検査が用いられ、難聴の診断や評価に使われます。
これは、音の高さや音色の違いを聴き分けたり、聴いた音を覚えたり、必要な音へ注意を向けたりする音楽上の課題とは、同じものではありません。
したがって、「音楽を習えば聴力検査で測る聞こえが良くなる」という意味で「聴力が鍛えられる」と説明することは適切ではありません。音楽の学習で扱われ、音楽経験との関連や変化が研究されているのは、聞こえている音をどのように知覚し、扱うかという側面です。
呼びかけへの反応が乏しい、聞き返しが多いなど、聞こえ方そのものに気がかりがある場合は、耳鼻咽喉科等でご相談ください。音楽のレッスンは、聞こえの検査や診断の代わりになるものではありません。
もう一点、大きな音を聞かせるほど耳が育つわけではありません。音量の大きな音を長い時間聞き続けることは、かえって聴覚に負担をかける可能性があります。家庭で音楽を聴くときも、音量を上げる必要はありません。
音楽の活動や訓練と、音の変化を捉える課題の成績や聴覚処理の発達との関係を示した研究があります。ただし、研究によって対象となる年齢も、訓練の内容も、測定している課題も異なります。ここで整理した五つの観点のすべてが、同じように変わるとまではいえません。
また、感受性やコミュニケーションの力、性格といった、より広い領域への影響は別の問いです。音楽の習い事はこうした力も育てると説明されることがありますが、音を聴き分けるような直接的な学習成果と同じ強さの因果関係として説明することはできません。研究で示されていることと、その限界については子どもの音楽教育と脳・認知発達で整理しています。
特別な道具がなくても、音を聴く活動は家庭に取り入れられます。たとえば、次のようなものが挙げられます。
大切なのは、これを正解を当てるテストにしないことです。「当たったかどうか」を評価するよりも、「どんな違いに気づいたか」を一緒に確かめる活動として行うとよいでしょう。気づいたことを言葉にしにくい年齢であれば、身振りや歌で表しても構いません。ここでも、音量を上げる必要はありません。
『音楽教育のススメ 改訂版』では、音や響きから受けた印象を、想像や自分なりの表現へつなげていくことを、感性に働きかける音楽教育の一例として紹介しています。家庭での聴く活動も、できたかどうかを判定する場ではなく、音に向き合う時間として位置づけるとよいでしょう。
音を聴く力を学習の目的の一つにしたい場合は、レッスンのなかで聴音や歌唱、リズムを扱うのか、それともソルフェージュなど別の枠で学ぶのかを、あらかじめ確認できます。
一方で、演奏そのものを中心に学びたいという目的であれば、楽器のレッスンに集中するという選び方もあります。どちらが優れているということではなく、何を目的にするかによって、適した形が変わります。
楽器を扱うレッスンでは、自宅での練習環境もあらかじめ確認しておきたい点です。住まいの事情で音を出しにくい場合もありますので、どの程度の練習を前提としているのか、消音機能のある楽器などの選択肢があるのかを、講師や教室に相談しておくと見通しが立ちます。
保護者がどこまで関わるかも、教室によって前提が異なります。レッスンに同席するのか、家庭での練習をどの程度見るのかは、年齢や経験、現在の学習状況によっても変わります。音楽教室の選び方では、体験レッスンの場で確認できる点を整理しています。
幼児期には、歌う、音を聴く、拍に合わせて動くなど、身体を使った音楽活動から始める方法があります。リトミックもその一つです。年齢や関心に応じて、無理のない入口を選んでください。
同じではありません。絶対音感は、基準となる音を聞かずに音高を音名として識別したり、指定された音高を再現したりする力を指します。本記事で整理した五つの観点のうち、音の高さに関わる部分の一つにあたります。音色を捉える力や、聴いた音を保持する力は、また別の側面です。
聴力検査で測る聞こえの閾値が良くなるという意味であれば、そのようにはいえません。音楽の学習で扱われるのは、聞こえている音を聴き分けたり、覚えておいたりする側面です。聞こえ方そのものに気がかりがある場合は、耳鼻咽喉科等でご相談ください。
年齢に一律の正解はありません。幼児期には、歌う、音の違いに気づく、拍に合わせて動くなど、その年齢に合った活動から始められます。年齢が上がってから取り組む場合も、年齢や経験に応じて内容や方法を調整できます。
取り組めます。声と手拍子があれば、聴き比べや歌い返しはできます。録音された音楽を聴く場合も、音量を上げる必要はありません。
「耳がいい」という言葉は、音の高さ、音色、時間やリズム、聴いた音を保持すること、必要な音に注意を向けることなど、複数の異なる働きをまとめて指しています。まずは、どの観点の話をしているのかを分けて考えることが出発点になります。
そのうえで、聴力検査が調べる聞こえの感度と、音楽のなかで音を扱う力は別のものだという点を押さえておくと、習い事に何を期待するのかも整理しやすくなります。「耳がいいかどうか」を固定した適性の判定として使わず、今どの観点に取り組めるかという具体的な話に置き換えていくとよいでしょう。
当教室主宰の著書「音楽教育のススメ(幻冬舎)」