対位法(たいいほう)は、いくつもの独立した旋律を同時に響かせながら、一つひとつの線を生かし、全体としても美しくまとめる作曲の技術です。中世の教会で聖歌に声部を添えることから始まり、千年近くにわたって磨かれてきました。バッハのフーガも、モーツァルトの交響曲の終楽章も、この技術の上に立っています。
この記事では、対位法がいつ、どこで、なぜ生まれ、どのように体系化されて今に続いているのかを、譜例と音で確かめながらたどります。和声法との関係や、演奏する人にとっての意味、学び方にも触れます。
対位法の語は、ラテン語の「プンクトゥス・コントラ・プンクトゥム(punctus contra punctum)」、つまり「音符に対する音符」に由来します。一つの旋律の音に対して、もう一つの旋律の音をどう置くか。その一音ずつの関係を考えることが、この技術の出発点です。
対位法は、それぞれ独立した旋律を担う複数の声部を同時に組み合わせて、曲を組み立てる技術です。ここで「声部」とは、独立した一本の旋律の線のことを指します。複数の旋律が同時に進む音楽のあり方を「ポリフォニー」と呼び、対位法はそのポリフォニーを組み立てるための技法と理論にあたります。
二つの旋律を重ねるとき、同じ動きで寄り添わせれば響きは溶け合いますが、それぞれの線は聞き分けにくくなります。反対に、勝手に動かせば響きが濁ります。対位法が扱うのは、この二つの間です。各声部が単独で聴いても筋の通った旋律であること、声部どうしのリズムに違いがあること、そして同時に鳴った瞬間の音程が美しく響くこと。この三つを同時に満たすように、声部の結び付きを一つのまとまりにしていきます。
西洋音楽で複数の声部が同時に鳴る音楽を最初に書き留めたのは、9世紀末ごろの理論書『ムジカ・エンキリアディス』です。そこには、聖歌の旋律に、4度や5度の間隔を保ったまま平行に動くもう一つの声部を添える「平行オルガヌム」が記されています。こうした実践は、書き留められる以前からあったと考えられています。

1100年ごろの理論書『オルガヌムの作り方』になると、添えられる声部はより自由に、華やかに動くようになります。そして12世紀後半から13世紀にかけて、パリのノートルダム大聖堂では、レオニヌス(12世紀後半に活動)とペロティヌス(1200年前後に活動)が、2声の作品を3声、4声へと広げていきました。複数の声部の動きを揃えるために、拍の型(リズム・モード)を書き表す工夫も生まれます。
声部を添えることは、典礼を荘厳にするための営みでした。しかし声部が増え、動きが自由になるほど、「それぞれが独立しながら、なお調和する」ことは難しくなります。「対位法」の名で、その規則を言葉にした理論書が現れるのは、14世紀から15世紀にかけてのことです。
ルネサンスのころまで、対位法は書かれる技術であると同時に、歌い手が聖歌の譜面を見ながら、その場で別の旋律を合わせて歌う即興の技でもありました。即興で合わせるには、どの音程の次にどの音程へ進めるかという手がかりが要ります。対位法の規則は、そうした実践の知恵を、誰もが学べる形にまとめたものでした。
1477年、低地地方(現在のベルギー周辺)の出身でナポリの宮廷に仕えた理論家ティンクトリス(1435年ごろ〜1511年)は『対位法の技法』を著し、1度から3オクターヴまでの協和音程と不協和音程について、使える進み方を詳しく並べました。書かれた対位法と即興の対位法の違いも論じ、作曲の8つの規則を示しています。その第1の規則は「完全協和で始め、完全協和で終える」こと。そして第8の規則は、あらゆる対位法で、拍子やリズム、終止、掛留、模倣を変えて「変化」を求めることでした。対位法は、規則で縛る技術であると同時に、多様さを生み出す技術でもあったのです。
不協和の扱いも、この時代に整えられます。不協和音程は弱い拍や掛留(前の音を保ったまま次の拍に持ち越す技法)、終止の部分に限って使う。この規則は、不協和を避けるためだけのものではありません。緊張と解決という、音楽の表現の大切な手段を生むものでした。
1558年、ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂で学んだツァルリーノ(1517〜1590年)は『ハルモニア教程』を著し、師ヴィラールト(1490年ごろ〜1562年)の作曲の実践を、規則として初めてはっきりと書き表しました。声部の上下を入れ替えても成り立つ「二重対位法」や、さまざまな模倣の分類も扱っています。ツァルリーノはまた、響きの単位として、音程よりも三和音を重んじた最初の理論家とされています。
同じ16世紀後半、ローマで活躍したパレストリーナ(1525年ごろ〜1594年)の声楽ポリフォニーは、後の時代に対位法の理想の様式と仰がれます。典礼の言葉が聴き取りやすいことへの配慮でも知られ、その作品にまつわる逸話は、半ば伝説として語り継がれてきました。
そして1725年、ウィーンの宮廷楽長フックス(1660〜1741年)が、ラテン語の理論書『パルナッソス山への階梯(グラドゥス・アド・パルナッスム)』を著します。パレストリーナの様式を範とし、師と弟子の対話の形で、簡単な課題から段階を追って学ぶ教程を示した書物です。後で見る「類別対位法」の名と体系は、この本から広まりました。ハイドン(1732〜1809年)はこの本でほぼ独学で対位法を身につけ、若いベートーヴェンに勧めました。モーツァルト(1756〜1791年)も、書き込みのある一冊を持っていたといいます。
ベートーヴェン(1770〜1827年)は1792年にウィーンでハイドンに学び、ハイドンが英国へ旅立った後は、シュテファン大聖堂の楽長アルブレヒツベルガー(1736〜1809年)に師事しました。2声・3声・4声の類別対位法から転回対位法、カノン、フーガへと、フックスとその流れをくむ方法で学んだことが、残された資料から分かっています。
1795年に設立されたパリ音楽院では、作曲を教えるための理論の体系化が進み、対位法とフーガは作曲教育の柱になりました。1822年から1842年まで院長を務めたケルビーニ(1760〜1842年)は『対位法とフーガ講義』(1835年)を著し、この本は英語・ドイツ語・イタリア語に訳されて広く読まれます。20世紀に入ると、シェンカー(1868〜1935年)が『対位法』(1910年・1922年)で、対位法を「声部進行」の純粋な理論として捉え直しました。厳格な対位法の規則は、自由に書かれた名曲の奥でも働いている、という見方です。
フックス以来の伝統的な学び方では、まず「定旋律」と呼ばれる全音符の短い旋律が与えられます。学ぶ人は、この定旋律に、規則を守りながらもう一つの旋律(対旋律)を付けていきます。下の譜例は、フックスの本に載っている最初の課題とその答えです。

2つの段の間に書いた数字は、下の声部の音から上の声部の音までの音程を「度」で表したものです。度数は、両端の音を含めて数えます。たとえば、レからラまではレ・ミ・ファ・ソ・ラと5つ数えるので5度、ファからラまではファ・ソ・ラで3度です。同じ高さの音どうしは1度、1オクターヴ上の同じ音名は8度と数えます。バロック時代の通奏低音でも、低音の上に数字を書いて和音を示しましたが(数字付き低音)、それは鍵盤奏者が和音をその場で弾くための記号です。この譜例の数字は、2つの声部がどの音程で響き合っているかを確かめるための書き込みで、対位法を学ぶときによく用いられます。
2つの声部の間の音程を見ると、5度で始まり、3度や6度の柔らかい響きを中心に進み、最後は8度(オクターヴ)で閉じています。第1類では、使えるのは協和音程だけです。1度・5度・8度の「完全協和」は安定した響きなので、始まりと終わりに置き、途中では3度・6度の「不完全協和」を多く使って、音楽を先へと運びます。終わりの直前では、2つの声部が反対向きに一歩ずつ動いて、8度(または1度)にたどり着きます。下の声部が下がるところで上の声部が上がる、という反対向きの動きが多いことにも気づくでしょう。それぞれの声部が自分の線を保ちながら、どの瞬間にも美しく響き合っています。
フックスは、対旋律の動き方を5つの段階(類)に分けました。段階を追って、少しずつ自由度が増していきます。
| 類 | 定旋律1音に対する動き | 学ぶこと |
|---|---|---|
| 第1類 | 1音(1対1) | 協和音程だけで、声部の動きの基本を学ぶ |
| 第2類 | 2音(2対1) | 弱拍の経過音として、不協和音程の扱いを学び始める |
| 第3類 | 4音(4対1) | より細かな動きの中で、旋律の流れと不協和の扱いを学ぶ |
| 第4類 | 掛留(シンコペーション) | 音を持ち越して生まれる不協和を、準備し、解決する |
| 第5類 | 華麗対位法 | それまでの類を組み合わせ、生き生きとした旋律を書く |
第2類と第3類では、強い拍は協和音程に保ったまま、弱い拍に、隣の音へ順に移る「経過音」などの形で不協和音程を置けるようになります。第4類の掛留では、前の拍の音を保ったまま次の強い拍へ持ち越すことで、もう一方の声部との間に不協和が生まれます。その不協和は、すぐに2度下へ進んで協和音程に落ち着きます。準備・掛留・解決というこの手順は、和声法で学ぶ「繋留音」と同じ考え方で、緊張と解決の表現そのものです。第5類の華麗対位法では、それまでの類の動きを自由に組み合わせ、ときに短い装飾も交えながら、規則の中で生き生きと歌う旋律を書くことが求められます。規則を守ることに加えて、旋律としての美しさが本格的に問われる段階です。
日本の教本では、掛留による動きを「移勢」、華麗対位法の動きを「華麗」と呼ぶことが多く、類の番号の付け方や組み合わせの呼び方は、教本の系譜によって少しずつ異なります。こうした類別対位法は自由度が低いことから「厳格対位法」と呼ばれ、学ぶ人はその先で、定旋律を持たない「自由対位法」を書けるようになることを目指します。
2つの声部が次の音へ進むときの動き方は、大きく3つに分けられます。2つの声部が同じ向きに動く「並行」、反対の向きに動く「反行」、一方がとどまり、もう一方だけが動く「斜行」です。並行のうち、同じ音程を保ったまま動くものを、特に「平行」と呼びます(呼び方は教本によって少し異なります)。




声部の動き方(説明のために作った例)。1つの五線に2つの声部を書き、上の声部は符尾を上に、下の声部は下に向けています。
聴きどころ:反行と斜行では、2つの線がそれぞれはっきり聞き分けられます。
声部の独立を最も保ちやすいのは反行で、斜行がそれに次ぎます。対位法では、この2つを中心に声部を動かします。並行や、3度・6度のまま動く平行も使えますが、長く続けると2つの声部が寄り添いすぎて、それぞれの線が聞き分けにくくなります。
対位法や和声法には、避けるべき進行が定められています。これを「禁則」と呼びます。その代表が、完全5度や完全8度(オクターヴ)を保ったまま2つの声部が動く「連続5度」「連続8度」です(並行5度・平行5度などとも呼ばれます)。完全協和はとてもよく溶け合う響きなので、それが続くと2つの声部が一つに聞こえ、声部の独立が失われてしまうからです。
もう一つよく知られているのが、「並達5度」「並達8度」です。2つの声部が同じ向きに動いて、完全5度や完全8度に入る進行を指します。跳躍した声部の間を順に音で埋めてみると連続5度や連続8度が現れることから、隠れた連続として扱われ、「隠伏5度」「隠伏8度」とも呼ばれます。2声の厳格対位法では避けるのが原則ですが、和声法ではおもに外側の2声部(いちばん上といちばん下の声部)の間で問題にされ、上の声部が順次進行で入る場合などは許されることが多いなど、どこまで避けるかは声部の数や組み合わせ、動き方によって変わります。


禁則の例(説明のために作った例)。左は完全5度を保ったまま動く連続5度、右は同じ向きに動いて完全5度に入る並達5度です。
聴きどころ:連続5度では、2つの声部が一つに溶けて聞こえます。
禁則はこのほかにも、声部どうしの交差、歌いにくい増音程の跳躍、不協和音程の扱い方など数多くあり、教本に体系的にまとめられています。ただ、それらを一覧にして暗記することが、対位法を学ぶ目的ではありません。なぜその進行が避けられるのかを自分の耳で確かめ、課題を書いては指導者の添削を受ける。それを繰り返すうちに、規則は覚えるものから、聴いて分かるものへと変わっていきます。規則を守っていても美しくない旋律もあれば、文脈によって許される例外もあります。その見極めは、経験のある指導者のもとで実際に書き、音にして確かめる中で、少しずつ身についていくものです。
対位法の大きな柱の一つが「模倣」です。先に出た旋律を、後から入る声部がそのまま、あるいは形を変えてまねていきます。後の声部が先の声部を厳格に模倣し続けるものを「カノン」と呼び、音価を伸ばす「拡大」、縮める「縮小」、上下を逆にする「反行」などの変形も使われます。
「フーガ」は、模倣による対位法の書き方であり、形式でもあります。まず一つの主題が示され、それを他の声部が次々に模倣して追いかけていきます。主題に応える「応答」、主題に添えられる「対主題」、主題の合間の「嬉遊部」、主題を重ね合わせる「ストレット」などの要素で組み立てられます。フーガは対位法を使った形式の一つであり、「対位法=フーガ」ではない点は押さえておきたいところです。
バッハ(1685〜1750年)の《フーガの技法》BWV 1080(1740年代に作曲、1751年に出版)は、ただ一つの主題からどれほど多くの可能性を引き出せるかを示した作品です。主題を上下逆にした形と組み合わせるフーガ、拡大や縮小を重ねるフーガ、二つや三つの主題を組み合わせるフーガ、さらには曲全体を鏡に映したように上下反転できる「鏡像フーガ」まで含まれています。第9曲は12度、第10曲は10度で上下を入れ替えても成り立つ転回対位法で書かれています。
モーツァルトは1780年代にバッハとヘンデルのフーガを集中的に学び、1788年の《交響曲第41番 ハ長調》K. 551「ジュピター」の終楽章では、コーダで5つの主題を同時に組み合わせてみせました。対位法の技術が、古典派の明るい響きの中で花開いた例です。
和声法は、和音のつながり、つまり縦の重なりを中心に音楽を見る方法です。対位法は、独立した旋律の重なり、つまり横の流れを中心に見ます。ただし実際の音楽では、どちらか一方だけで成り立つことはありません。対位法でも同時に鳴る響きを考え、和声法でも声部の進み方を考えます。両者は「異体同心」とも言える関係にありながら、基本的な事項で一方が禁じ、他方が許すといった食い違いもあり、作曲の教程の中でどう結び付けるかは、教える側にとっても長年の課題でした。
歴史をさかのぼると、両者はもともと一体で学ばれていました。18世紀のナポリの音楽院では、作曲家を目指す子どもたちが、ソルフェッジの歌唱、パルティメント(与えられた低音の上に和音と旋律を即興する鍵盤の課題)、そして対位法とフーガの作文という三つの柱で育てられていました。1722年のラモー(1683〜1764年)『和声論』以後、和声は和音の理論として独り立ちしていきますが、その三和音自体が、ツァルリーノの時代から対位法の協和の響きの中で意識されてきたものです。シェンカーは、三和音は三つの声部の対位法から縦に生まれたものだと考えました。対位法は、和声の「前」にあり、和声の内側でも今なお働いている文法だと言えるでしょう。
対位法は、作曲する人だけのものではありません。バッハは1723年、《インヴェンションとシンフォニア》BWV 772〜801 の自筆の清書の扉に、この曲集の目的を書き記しています。鍵盤楽器を愛し、学ぼうとする人が、まず二つの声部をはっきりと弾けるようになり、進んだら三つの独立した声部を正しく扱えるようになること。よい楽想を得て、それをうまく展開すること。そして何よりも、歌うような(カンタービレの)奏法を身につけ、作曲の手ほどきも得ること。2声のインヴェンションから3声のシンフォニア、さらに《平均律クラヴィーア曲集》の4声のフーガへと進む道筋は、そのまま対位法を弾きながら学ぶ教程になっています。

右手が示した短い動機を、左手が半小節遅れて受け継ぎます。二つの手が別々の旋律を歌いながら、一つの音楽になっていく様子が聴き取れるでしょう。こうした曲を弾くとき、それぞれの声部を一本の歌として聴き分けられるかどうかは、演奏の質を大きく左右します。対位法の考え方を知ることは、声部の一つひとつに耳を澄ませ、それぞれを歌わせるための手がかりになります。バッハの時代の鍵盤楽器が今のピアノとは異なる音色と響きを持っていたことを知っておくのも、表現を考える助けになります。
対位法を学ぶ前提になるのは、音程や音階、調といった楽典の理論です。和声法の基礎と並行して学ぶことも多く、どちらを先にするかは、学ぶ目的や教本によって異なります。
教本は、フックスを出発点として、アルブレヒツベルガーの『作曲の基礎の手引き』(1790年)から、20世紀のイェッペセン(1892〜1974年)『対位法――16世紀の声楽ポリフォニー様式』(1930年、デンマーク語の原著)まで、長い系譜を持っています。日本では、1927年にパリへ渡り、日本人として初めてパリ音楽院に入った池内友次郎(1906〜1991年)が、和声のクラスやフーガ、作曲のクラスで学んで1936年に帰国しました。戦後は東京藝術大学の作曲科教授として、和声・対位法・フーガの書法(エクリチュール)の教育を根づかせ、黛敏郎、矢代秋雄、松村禎三らを育てています。池内による対位法の教本や、パリ音楽院の方式による教本は、今も作曲を学ぶ人に読み継がれています。東京藝術大学の作曲科では、今も和声とフーガの書法の実技が教えられています。
学びの進め方は、定旋律に対旋律を付ける第1類から始め、類を一つずつ進み、2声から3声、4声へと声部を増やしていくのが基本です。その先に、主題からフーガを組み立てる「学習フーガ」の課題があります。小林音楽教室の作曲・音楽理論のレッスンでも、パリ音楽院の方式による教本(ノエル=ギャロン、マルセル・ビッチュ『対位法』、1964年の原著)などを用いて、和声とともに対位法を学んでいます。
決まった順番はありません。楽典の理論を足場にして、和声法の基礎と並行して学ぶことも多くあります。学ぶ目的や教本によって進め方は異なるため、指導者と相談しながら決めるのが確かです。
ポリフォニーは、複数の旋律が同時に進む音楽のあり方を指します。対位法は、そのポリフォニーを組み立てるための技法と理論を指します。音楽の状態を表す言葉と、書き方を表す言葉の違いだと考えると分かりやすいでしょう。
同じではありません。フーガは、模倣による対位法を使って書かれる形式の一つです。対位法はフーガよりも広い技術で、カノンや、模倣を用いないポリフォニーにも使われます。
あります。バッハが《インヴェンション》の目的に「二つの声部をはっきり弾くこと」と「歌うような奏法」を掲げたように、声部を聴き分け、それぞれを歌わせる力は、演奏にそのまま生きます。楽曲の構造を読み解く手がかりにもなります。
教本で規則を理解し、課題に取り組むことはできます。ただ、自分で書いた課題の禁則の見落としには、自分ではなかなか気づけません。また、規則の範囲の中から、より美しく歌う旋律を選び取る判断は、他の人の耳と目を通して鍛えられていくものです。独学で始めた場合も、どこかで経験のある指導者の添削を受けると、学びがぐっと確かになります。
対位法は、中世の教会で聖歌に添えられた一つの声部から始まり、即興の知恵が規則となり、ツァルリーノ、フックス、音楽院の教程、そしてシェンカーへと受け継がれながら、千年近くかけて体系化されてきました。その中心にあるのは、独立した旋律を同時に響かせ、それぞれを生かしながら全体として調和させるという課題です。
対位法の調和は、すべての声部が同じ動きをすることで得られるものではありません。それぞれが自分の線を保ったまま、全体として一つの響きになる。連続5度を避ける規則は、その調和のかたちを守るためのものでした。
厳格対位法は、与えられた定旋律の上に、規則を守って一音ずつ置いていく稽古です。決められた枠の中で手を動かし続けるうちに、規則は覚えるものから、聴いて分かるものへと変わっていきます。そうして身についた耳と手が、やがて定旋律のない自由な書法を支えます。晩年のベートーヴェンがバッハの技法を自分の言葉で用いたように、受け継いだ型は、いつか自分の音楽を語る言葉になります。型から入り、型を離れていくこの道のりは、日本の芸道の学び方にも、どこか通じるところがあるのかもしれません。
作曲・音楽理論クラスでは、作曲課題の添削と、和声・対位法を中心にした音楽理論を学んでいます。対位法を体系立てて学んでみたい方は、下のご案内をご覧ください。

当教室主宰の著書「音楽教育のススメ(幻冬舎)」