「ソルフェージュは何歳から始めればよいのでしょうか」。音楽を習わせたいと考える保護者の方から、よく寄せられる問いです。ソルフェージュは、楽譜を読み、音を聴き取り、歌う力を育てる音楽の基礎の学びです。その始めどきは、年齢の数字だけで決まるものではありません。
この記事では、ソルフェージュという学びがいつ、どこで、なぜ生まれ、世界と日本で子どもたちにどう教えられてきたのかをたどります。そのうえで、年齢ごとの学び方の目安と、始めどきを見極める手がかりを、譜例と音を交えて紹介します。
ソルフェージュの入口は一つではありません。歌う、聴く、音楽に合わせて動くといった入口は、乳幼児期から開いています。一方で、音符を読む、書く、音楽の決まりを理解するといった学びは、言葉や記号を理解する力が育ち始める5〜6歳ごろから、少しずつ本格的になっていきます。
この「身体と耳で音楽を感じる段階から、読む・書く段階へ」という順序は、後で見るように、世界の音楽教育の伝統にも、日本の実践にも共通しています。ですから、「何歳から」への答えは、年齢よりも、お子さまが今どの段階にいて、何のために学ぶのかから考えるのが確かです。なお、絶対音感を身につけたい場合は事情が少し異なり、幼い時期に始めることが大切になります。この点も後で詳しく触れます。
ソルフェージュ(フランス語 solfège、イタリア語 solfeggio)という言葉は、音の名前である「ソル」と「ファ」から来ています。音の高さを「ド・レ・ミ」のような音節で呼び分ける仕組みを、ソルミゼーションと呼びます。
その起点は11世紀のイタリアにあります。修道士で音楽の教師だったグイード・ダレッツォ(991年ごろ〜1033年以後)は、1025〜26年ごろに理論書『ミクロログス』を著し、1030年ごろの書簡で、聖歌を早く正確に覚えるための工夫を伝えました。聖ヨハネをたたえる賛歌「ウト・クエアント・ラクシス」は、各行の初めの音が一つずつ高くなっていきます。グイードは、その各行の最初の音節を取って、6つの音に ut・re・mi・fa・sol・la という名前を付けました。歌い手は、よく知っている旋律と音の名前を結びつけることで、初めて見る聖歌もすぐに歌えるようになったのです。

のちに、歌いにくい ut は do(ド)に替わり、7つ目の音 si(シ。英語圏では ti)が加わりました。私たちが今使う「ドレミファソラシ」は、こうして千年近く前の聖歌の教育から生まれたものです。なお、6つの音の名前を読み替えて高い音域へつなぐ方法や、手のひらの関節に音の名前を割り当てた「グイードの手」がよく知られていますが、これらが整ったのはグイードの死後で、彼自身の発明とは言い切れないとされています。
今日のソルフェージュは、楽譜を見て歌う「視唱」、聴いた音を楽譜に書き取る「聴音」、リズムを読んで打つ・唱える練習、楽譜を速く正確に読む「読譜」、そして音楽の決まりを学ぶ「楽典」までを含む、音楽の総合的な基礎の訓練です。楽器を弾く人にとっても、歌う人にとっても、作曲する人にとっても、すべての土台になります。
ソルフェージュは、時代ごとに目的を変えながら受け継がれてきました。聖歌を覚えるための工夫から始まり、職業音楽家を育てる訓練、誰もが楽譜を読んで歌えるようにするための方法、そして音楽を身体で感じる教育へと広がっていきます。
17世紀の終わりから19世紀の初めにかけて、イタリアのナポリの音楽院は、ヨーロッパ中に音楽家を送り出しました。音楽院は、もとは身寄りのない子どもたちを育てる施設でした。そこで子どもたちは、「ソルフェッジ」と呼ばれる歌の課題を3〜4年かけて学び、音の名前を唱える段階から、旋律を歌う段階へと進みました。作曲家を目指す子どもたちは、ソルフェッジの歌、パルティメント(与えられた低音の上に和音と旋律を鍵盤で弾く課題)、対位法とフーガの作文という三つの柱で育てられました。歌うことは、音楽家になるための最初の、そして一生続く訓練だったのです。
1795年に設立されたパリ音楽院は、フランスの音楽教育を体系化し、ソルフェージュを教育の柱の一つに据えました。フランスでは1977年、文化省の改革によって、ソルフェージュの科目名が「フォルマシオン・ミュジカル(音楽の総合的な訓練)」に改められます。要素を一つずつ切り離して覚えるよりも、実際の音楽の中から言葉と技術を見つけていくほうが学びになる、という考えによるものです。フランスでは今も、楽器の学習と並行して、子どものころから長くこの科目を学ぶのが一般的です。
19世紀の英国では、サラ・グラヴァー(1786〜1867年)が考えた方式を、牧師のジョン・カーウェン(1816〜1880年)が手のサイン(ハンドサイン)を加えて「トニック・ソルファ」として広め、合唱を通じて全国に普及しました。調が変わっても主音を「ド」と読む「移動ド」の方式で、楽譜に慣れていない人でも旋律の関係をつかみやすいのが特長です。
ハンガリーの作曲家コダーイ・ゾルターン(1882〜1967年)は、この方式に学び、移動ドの階名とハンドサインを、五線譜を読むより先に教える音楽教育を作りました。コダーイは、音楽の教育は幼い時期に遊びの形で始めるべきだと考え、幼稚園の段階から歌うことを入口に据えました。ハンガリーでは1950年に、毎日音楽の授業がある小学校がケチケメートに生まれ、その後、各地に広がっていきます。
スイスの作曲家で音楽教育家のエミール・ジャック=ダルクローズ(1865〜1950年)は、ジュネーヴ音楽院で和声とソルフェージュを教えるなかで、楽譜は読めても音楽を生き生きと感じられない生徒が多いことに疑問を抱きました。そこで生まれたのが、音楽を身体の動きで感じ取る「リトミック」です。ダルクローズの方法は、リトミック、ソルフェージュ、即興の三つを柱とし、身体で感じたことを、耳と頭と表現へとつないでいきます。1910年代には学校を開いて広く教えるようになり、リトミックは今日、世界中の幼児教育に取り入れられています。
日本で西洋の音階による歌の教育が始まったのは明治時代です。1872年の学制で「唱歌」が教科に挙げられ、1879年には伊沢修二(1851〜1917年)らによって音楽取調掛(のちの東京音楽学校、現在の東京藝術大学音楽学部)が設けられ、1880年代前半には『小学唱歌集』が編まれました。
1930年代の終わりには、佐藤吉五郎が大阪府堺市の幼稚園や小学校で、和音を聴き分ける遊びを通して音の感覚を育てる「和音感教育」を実践し、1940年に『和音感教育』を著しました。戦後の1948年には、吉田秀和(1913〜2012年)、斎藤秀雄(1902〜1974年)、井口基成(1908〜1983年)、柴田南雄(1916〜1996年)らが「子供のための音楽教室」を開き、のちの桐朋学園の音楽部門の母体となります。最初の生徒の中には、小澤征爾(1935〜2024年)、中村紘子(1944〜2016年)、堤剛(1942年〜)らがいました。この教室の編による『子供のためのソルフェージュ』(1954年)は、5〜6歳から使える教本として作られています。
こうして日本でも、幼い子どもに専門的なソルフェージュを教える道が開かれました。ただ一方で、日本ではソルフェージュが楽器の初歩の補助として短く扱われたり、音楽学校の受験の直前にまとめて学ばれたりする例も少なくないと指摘されています。フランスのように、初歩から専門課程まで、楽器と並行して長く学び続ける形とは対照的です。
コダーイも、ドイツの作曲家カール・オルフ(1895〜1982年)も、子どもの音楽教育の出発点に、自分の国のわらべうたを置きました。わらべうたは、その国の言葉の抑揚から生まれた歌で、子どもが最も自然に歌える旋律だからです。1960年代に二人の方法が日本に紹介されると、日本のわらべうたを用いたソルフェージュの体系づくりも進みました。日本のわらべうたには、隣り合う2つの音(長2度)だけでできた唱え歌のような節が多く、そこから3つ、4つの音の旋律へと広がっていきます。


わらべうたによく見られる、少ない音でできた節の例(説明のために作った例)。下に移動ドの階名を添えています。
聴きどころ:左は隣り合う2つの音だけ、右はそこに下の音が一つ加わります。
2つの音を行き来するだけの節でも、高い・低いを聴き分け、声で正しくなぞることは、立派なソルフェージュの第一歩です。音の数が少ないからこそ、幼い子どもでも一つひとつの音を確かめながら歌えます。
日本のソルフェージュを語るうえで欠かせないのが、「固定ド」と「移動ド」の二つの読み方です。固定ドでは、ハ(C)の音をいつも「ド」と呼びます。移動ドでは、その曲の調の主音を「ド」と呼びます。同じ旋律をハ長調とニ長調で比べると、違いがよく分かります。


同じ旋律をハ長調とニ長調で書き、固定ドと移動ドの読み方を並べた例(説明のために作った例)。
聴きどころ:ニ長調では音の高さがすべて上がりますが、移動ドでは同じ「ドレミファソ」と歌います。
固定ドは、音の高さそのものと名前が一対一で結びつくので、楽器の鍵盤や指使いと結びつけやすく、日本の専門的な音楽教育では広く使われています。移動ドは、主音からの距離を名前で表すので、旋律の中での音の役割や、音と音の関係(相対的な音の高さ)を感じ取りやすい読み方です。小学校の学習指導要領も、相対的な音程の感覚を育てるために、移動ドの唱法を適宜用いるよう示しています。どちらが正しいかについては、1979年に作曲家の三善晃(1933〜2013年)と音楽教育学者の東川清一による誌上の論争が知られるなど、長く議論が続いてきました。大切なのは、二つの読み方がそれぞれ何を育てるのかを知り、目的に応じて使い分けることです。
「何歳から」という問いには、絶対音感の話題が重なることがよくあります。絶対音感とは、基準となる音を聴かなくても、聴いた音の高さを音名で言い当てられる力です。これに対して相対音感は、ある音を基準に、ほかの音がどれだけ高いか低いかを聴き取る力で、旋律や和音の関係を理解するうえで欠かせません。
絶対音感については、身につけやすい時期があることを示す研究がいくつもあります。2〜6歳の子どもに和音を聴き分ける訓練を行い、単音の音名も答えられるようになっていった過程を長期間追った研究があります。また、同じ音を聴き分ける訓練を幼児と大人に行ったところ、5〜6歳の子どもが3〜4歳の子どもや大人よりもよく覚えたという結果も報告されています。一方で、4〜10歳の子どもを調べた研究では、4歳から7歳にかけて成績が大きく伸びたものの、適切な訓練をすれば誰でも身につくと結論するには慎重であるべきだ、とも指摘されています。
また、日本・中国・ポーランド・米国の音楽を専攻する学生を比べた研究では、日本の学生は絶対音感の能力が高い一方で、音楽にとって最も大切な相対音感が弱い傾向が見られました。研究者たちは、日本のソルフェージュ教育のあり方を見直す必要があると述べています。
こうした知見からいえるのは、絶対音感を身につけたい場合は幼児期に正しい方法で始めることが大切である一方、音楽を学ぶうえでの土台は、絶対音感だけでなく、相対音感、リズム感、読譜力、表現力などをバランスよく育てることにある、ということです。小林音楽教室でも、絶対音感クラスは2歳ごろからを対象としていますが、絶対音感の習得だけを目的とせず、その後の音楽の学びにつながる総合的な力を育てることを大切にしています。
ここまでの歴史と研究、そして教室での実践をふまえて、年齢ごとの学び方の目安をまとめます。あくまで目安であり、お子さまの成長や興味によって、入口の時期は前後します。
| 年齢の目安と 学びの入口 | 主な活動の例 |
|---|---|
| 0歳後半〜2歳 聴く・動く | 歌いかけやわらべうたを聴く、揺れる・手をたたく、音楽に合わせて身体を動かす。ピアノの音に応じてすぐに動く(即時反応) |
| 3〜4歳 動く・歌う・聴き分ける | 拍に合わせて歩く・止まる、まねして歌う、2〜3音の節を歌う、高い・低い、強い・弱いを聴き分ける。楽器への関心が芽生える子も多い |
| 5〜6歳 読む・書くの入口 | 階名で歌う、音符と拍を読む・書く、楽器のレッスンと結びつける |
| 小学生 視唱・聴音・楽典を段階的に | 楽器と並行して、初めて見る旋律を歌う、聴いた旋律やリズムを書き取る、楽典の基礎を学ぶ |
| 中学生以上 専門の準備 | 音楽高校・音楽大学の受験に向けた視唱・聴音・楽典 |
| 大人 目的に合わせて | 楽典の学び直し、合唱や楽器の上達のための視唱・聴音 |
幼い時期には、決まった答えを覚えることよりも、音楽を全身で受け止め、自分なりに反応する経験が何よりの土台になります。リトミックで、ピアノの音に合わせてすぐに身体を動かす「即時反応」を楽しんでいるうちに、拍やテンポ、強弱、高さの違いが、少しずつ身体の感覚として身についていきます。そうして育った感覚が、5〜6歳ごろから始まる読み書きの学びを支えます。
次のような様子が見られたら、ソルフェージュやリトミックを始める一つのきっかけになります。
家庭でできることは、特別なものではありません。子どもに歌いかけ、一緒に歌うこと。手をたたいたり、歩いたりしながら音楽に合わせて身体を動かすこと。高い・低いを声やしぐさで遊ぶこと。そして、できるだけ生の音や、よい演奏に触れる機会をつくることです。毎日少しずつ、楽しく続けることが、何よりの準備になります。
学べます。音楽を始めるのに遅すぎるということはありません。大人の場合は、楽典の学び直しから始めて、視唱や聴音へ進む形が一般的です。合唱や楽器の上達、楽譜を速く読めるようになりたいなど、目的に合わせて内容を選ぶと効果的です。
楽器の前でも、同時でも、後からでも学べます。フランスのように、楽器と並行して長く学ぶ形は、両方を結びつけやすく、効果的です。楽器で弾く曲を歌ってみる、聴いた旋律を楽器で探してみるといった行き来が、理解を深めます。
どちらにも、それぞれ育てる力があります。音楽大学や専門の教育では固定ドが広く使われ、音と音の関係をつかむには移動ドが役立ちます。学ぶ目的や指導の方針によって選ばれるので、指導者と相談しながら進めるのが確かです。
そうではありません。絶対音感は助けになる力の一つですが、音楽の理解と表現の土台になるのは、音と音の関係を聴き取る相対音感や、リズム感、読譜力、表現力です。絶対音感を持たずに第一線で活躍する音楽家も数多くいます。
リトミックは、ダルクローズが考えた、音楽を身体の動きで感じ取る教育です。ダルクローズの方法では、リトミック、ソルフェージュ、即興が一つにつながっていて、もともと互いに切り離されたものではありません。幼い時期には、リトミックを通してソルフェージュの基礎となる感覚を育て、成長に合わせて読み書きの学びへと進んでいくのが自然な流れです。
ソルフェージュは、短期間で完成するものではありません。ナポリの子どもたちが何年もかけて歌の課題を学んだように、少しずつ積み重ねるほど、楽譜を読む速さ、聴き取る正確さ、演奏や歌の表現の深さとなって表れます。焦らず、途切れずに続けることが大切です。
ソルフェージュの歴史をたどると、聖歌を覚えるための工夫に始まり、職業音楽家の訓練、誰もが楽譜を読んで歌うための方法、身体で音楽を感じる教育へと、目的を変えながら受け継がれてきたことが分かります。どの時代にも共通しているのは、歌うこと、聴くこと、動くことから入り、時間をかけて読み書きへと進む順序です。
コダーイやオルフが自分の国のわらべうたから出発したように、学びの入口は、子どもにとって身近な歌と言葉の中にあります。訓練を早く始めること以上に大切なのは、身近な歌と身体の感覚から入り、音楽を自分の言葉として読み、聴き、歌えるように、長い時間をかけて育てていくことなのかもしれません。「何歳から」という問いへの答えは、年齢の数字よりも、その子の今の段階に合った入口を選び、途切れずに続けられることの中にあります。
小林音楽教室では、生後6か月ごろ(首と身体が安定してから)から参加できる「幼児リトミック=ソルフェージュクラス」、2歳ごろからの「絶対音感クラス」、そして年齢や目的に応じたソルフェージュのレッスンで、それぞれの段階に合った学びを用意しています。

当教室主宰の著書「音楽教育のススメ(幻冬舎)」