現在のクラシックギターの基本形が整ったのは、19世紀のことです。一方、ギターと呼ばれる楽器の記録はルネサンス期までさかのぼり、さらに遠い前史には、古代から続くさまざまな撥弦楽器の文化があります。
ただし、古代の楽器から現在のギターまでが、一本の直線でつながっているわけではありません。ギター、ビウエラ、リュートなどは、異なる地域と時代で並存し、互いに影響しながら発展しました。
この記事では、遠い前史と、記録で確認できるギターの歴史を分けて整理し、19世紀のトーレスを経て現在のクラシックギターへ至る流れを解説します。
| 時期 | 主な変化 |
|---|---|
| 古代 | 各地域に、棹と共鳴胴を持つ撥弦楽器が存在。ただしギターへの直系は未確定 |
| 14〜15世紀 | ヨーロッパの文献・図像に、ギターと呼べる楽器が現れる |
| 15〜16世紀 | ギター、ビウエラ、リュートなど複数の撥弦楽器が並存 |
| 17〜18世紀 | 主に5コースのバロックギターが普及 |
| 18世紀末〜19世紀初頭 | 6コースから6単弦への移行 |
| 19世紀 | ソル、ジュリアーニ、アグアドらの時代。製作面でも改良が進む |
| 19世紀半ば以降 | トーレスが近代的なコンサートギターの設計を洗練 |
| 20世紀 | セゴビアらの国際的活動、製作家との協働、ナイロン弦の普及 |
「起源」を考えるとき、次の3つを分けて捉えると、混乱が避けられます。
① 遠い前史
弦を張った棹と共鳴する胴を持つ楽器は、古代から各地に存在しました。ただし、それらが現在のギターへ直接つながることは、証明できていません。楽器の系譜は一本の線ではなく、地域ごとの複数の流れが交差しながら形づくられてきました。
② 記録で確認できるギターの歴史
文献や図像、現存する楽器から、「ギター」と呼べる楽器の歴史が明確になるのは、中世末からルネサンス期です。14〜15世紀のヨーロッパに、その姿が現れます。
③ 現代クラシックギターの成立
いま我々が「クラシックギター」と呼ぶ楽器の基本形が整うのは、19世紀のスペインです。
名称の由来について
「ギター」という語の由来には複数の説明があります。スペイン語の guitarra、アラビア語の qītār、ラテン語・ギリシャ語の cithara/kithara など、複数の言語が関係すると考えられています。
ただし、言葉の由来と、楽器の構造的な系譜は別の問題です。名称が似ているからといって、古代の楽器が現在のギターへ直接変化したことを意味するわけではありません。
中世ヨーロッパのリュート文化には、イスラム圏のウードとその演奏文化が大きな影響を与えました。「リュート」という名称も、アラビア語の al-ʿūd と関係するとされています。
ただし、ギターがウードやリュートから一本の線で進化したと考えるより、ヨーロッパとイスラム圏の複数の撥弦楽器文化が相互に影響しながら発展したと捉える方が適切です。
ビウエラとギター
16世紀のスペインでは、ビウエラという楽器が用いられました。リュートが丸く膨らんだ胴を持つのに対し、ビウエラは平らな胴を持ち、外見は現在のギターに近いものでした。弦は2本を1組(コース)として張り、6コースが一般的でした。
同じころ、4コースの小型のギターも存在しました。ビウエラとギターは、どちらかがどちらかに「進化した」のではなく、17世紀まで並存していたと考えられています。
ビウエラには宮廷や知識人層と結びついた出版レパートリーが残される一方、小型のギターは歌や舞踊の伴奏など、より幅広い場面で用いられました。
この時代の楽器は、サウンドホールも現在のような単純な丸い穴ではなく、透かし彫りの装飾が施されていました。
17世紀に入ると、5コースのバロックギターが広まります。ビウエラは次第に姿を消していきました。
バロックギターには、和音をかき鳴らす伴奏だけでなく、旋律・和音・対位的な動きを組み合わせた独奏作品も残されています。ガスパル・サンスやロベール・ド・ヴィゼらの作品は、当時の演奏文化を伝える重要な資料です。
装飾が施された美しい楽器が多く残されており、当時のギターが単なる伴奏楽器ではなかったことがうかがえます。
18世紀末から19世紀初頭にかけて、6コースの複弦から、6本の弦を1本ずつ張る形への移行が進みました。
この変化には、弦製造の発達、演奏様式の変化、音量や明瞭さへの要求など、複数の要因が関係したと考えられています。17世紀後半に広まった巻き弦(芯線に金属を巻いた弦)の技術も、その一つに挙げられます。
移行は一度に起きたのではなく、地域や製作家によって複弦と単弦が併存する時期がありました。
この時期のギターは「19世紀ギター」と呼ばれ、現在のクラシックギターより小ぶりで、繊細な音を持っていました。フェルナンド・ソル、マウロ・ジュリアーニ、ディオニシオ・アグアドといった演奏家・作曲家が活躍したのは、この楽器です。
現代のクラシックギターの基本形をかたちづくったのは、スペインの製作家アントニオ・デ・トーレス(1817–1892)です。
トーレス以前にも、扇状力木や大型化に向けたさまざまな試みがありました。扇状力木を用いた楽器は18世紀にも存在しています。トーレスの重要性は、それらを一から発明したことではなく、胴の寸法、表板の厚み、扇状力木、ブリッジなどの要素を高い完成度で統合し、近代的なコンサートギターの基準を示したことにあります。
| トーレスの重要性 | 内容 |
|---|---|
| 胴の寸法と輪郭 | より大型で、コンサートに適した響きを持つ設計を発展させた |
| 表板と力木 | 薄い表板と扇状力木の組み合わせを洗練した |
| 設計の統合 | 弦長、胴型、ブリッジ、表板設計など、近代ギターの諸要素を高い完成度でまとめた |
| 後世への影響 | スペイン内外の製作家が、その設計思想を参照した |
表板の重要性を示した実験
トーレスは1862年、表板の役割を確かめるため、側板と裏板に紙素材を用いた実験的なギターも製作しました。この楽器は現存しており、表板の設計を重視した彼の考え方を象徴する例として知られています。
タレガとの関係
トーレスの楽器を用い、その可能性を音楽で示したのが、フランシスコ・タレガ(1852–1909)です。タレガは演奏家であると同時に作曲家・編曲家であり、「アルハンブラの思い出」をはじめとする作品と、多くの編曲を残しました。
トーレスの楽器とタレガの演奏・作曲・編曲は、19世紀後半以降のクラシックギター文化を形づくる重要な基盤となりました。
アンドレス・セゴビア(1893–1987)は、国際的な演奏活動、作曲家への委嘱、編曲、製作家との協働を通じて、20世紀のクラシックギターのレパートリーと社会的地位を大きく広げました。
楽器と製作家
セゴビアは、ドイツの製作家ヘルマン・ハウザー1世の楽器を長く愛用しました。ハウザーは製作家の名前であり、楽器の「種類」や「シリーズ」ではありません。のちにはスペインのラミレスの楽器も用いています。
ガット弦からナイロン弦へ
長いあいだ、ギターの弦は羊の腸から作られたガット弦でした。しかし、切れやすく、湿度の影響を受けやすいという難点がありました。
20世紀半ばには、従来のガット弦に代わる、より安定した弦素材が求められるようになります。1940年代、アルバート・オーガスチンは、アンドレス・セゴビアの助言を受けながら、DuPont のナイロン素材をクラシックギター弦へ応用しました。
ナイロン弦の普及は、戦時期の物資事情だけでなく、素材の安定性、製造技術、演奏家と製作者による試行錯誤が重なった結果です。現在のクラシックギターの弦は、ナイロンやその改良素材が主流です。
なお、ナイロン弦用のクラシックギターにスチール弦を張ると、ネックや表板などへ過大な負担がかかり、破損につながるおそれがあります。使用しないでください。
ナイロン弦のやわらかな音色は、クラシックギターの表現の土台です。音色のつくり方についてはクラシックギター中級者の練習方法で扱っています。
素材
| 部位 | 主な素材 |
|---|---|
| 表板(トップ) | スプルース(トウヒ類)、シダー(一般にウエスタンレッドシダーを指し、日本語で「米杉」と呼ばれることもありますが、植物分類上はヒノキ科です) |
| 側板・裏板 | ローズウッド、マホガニー、サイプレス(フラメンコギターに多い) |
| 力木 | 扇状力木 |
| 塗装 | セラック(シェラック)、ウレタン系、ラッカーなど |
| 弦 | ガット(羊の腸)→ ナイロン(1940年代〜) |
表板の材について「スプルースは明るい」「シダーは甘い」といった傾向が語られることがありますが、音は材だけで決まるものではありません。厚み、力木の設計、製作家の調整、個体差によっても変わります。
塗装
伝統的な高級クラシックギターでは、セラックを用いたフレンチポリッシュ仕上げが採用されることがあります。薄い塗膜を手作業で重ねるため、工程に熟練と時間を要します。一方、現代では耐久性や生産性を重視した、ウレタン系などの塗装も広く用いられています。
楽器選びの観点からの素材の違いは、クラシックギターの選び方で扱っています。
スチール弦ギターとの分岐
クラシックギターと、スチール弦のギターは、19世紀以降に異なる道を歩みました。
| 楽器 | 代表的な構造 |
|---|---|
| 伝統的なスペイン式クラシックギター | ナイロン弦、比較的幅の広い指板、タイブロック式ブリッジ、扇状力木 |
| 多くのスチール弦フラットトップギター | スチール弦、Xブレイシング、ブリッジピン |
| エレクトリックギター | ピックアップで弦振動を電気信号へ変換。ボディーの構造は多様 |
扇状力木は、伝統的なスペイン式クラシックギターを代表する構造です。一方、Xブレイシングは、多くのスチール弦フラットトップギターで用いられてきました。両者は弦の張力や目指す音響特性が異なるため、内部構造も異なります。
現在は製作家によって多様な設計がありますが、Xブレイシングがクラシックギターの基本構造であるという説明は、誤りです。
楽器の歴史を知ることは、年号や人名を覚えることではありません。
19世紀ギターは小ぶりで、繊細な音を持っていました。ソルやジュリアーニの作品は、その楽器のために書かれています。タレガの作品は、トーレスの楽器を前提としています。バロックギターのための作品は、5コースの響きを前提にしています。
歴史的な楽器の音量、弦、残響、音域を知ると、現代のクラシックギターで作品を演奏するときに、音色、テンポ、アーティキュレーション、声部のバランスを考える手がかりになります。
ただし、歴史的な条件をそのまま再現することだけが、唯一の正解ではありません。作品が生まれた背景を理解したうえで、現代の楽器をどう生かすかを考えることが大切です。
演奏における様式と解釈の問題は、クラシックギター上級者の練習方法で扱っています。
撥弦楽器の遠い前史は古代までさかのぼりますが、現在のギターへ直接つながる系譜を特定することはできません。文献や現存する楽器から、ギターと呼べる楽器の歴史が明確になるのは、中世末からルネサンス期です。現在のクラシックギターの基本形は、19世紀に整いました。
一人の発明者がいるわけではありません。19世紀の製作家アントニオ・デ・トーレスは、それ以前の改良を統合し、近代コンサートギターの設計を大きく発展させた重要人物です。
弦が違います。クラシックギターはナイロン弦、スチール弦アコースティックギターはスチール弦です。そのため内部の構造も異なり、クラシックギターは扇状力木、スチール弦フラットトップギターはXブレイシングが代表的です。ナイロン弦用のギターにスチール弦を張ると、破損につながるおそれがあります。
違います。16世紀のビウエラや4コースのギター、17〜18世紀のバロックギター(5コース)は、いずれも弦を2本ずつ組にして張っていました。6本の弦を1本ずつ張る形が広まったのは、18世紀末から19世紀にかけてです。
クラシックギター初心者の練習方法で、構え方から練習の進め方までを解説しています。
現在のクラシックギターの基本形が整ったのは19世紀、アントニオ・デ・トーレスをはじめとする製作家たちの仕事によってです。楽器としては、意外に新しいといえます。
その背後には、ルネサンスのギターとビウエラ、バロックギター、そして6単弦への移行という長い変遷があります。ただし、それは一本の直線ではありません。複数の楽器文化が並存し、互いに影響し合いながら、19世紀に近代クラシックギターの設計が統合されていきました。
歴史を知ることは、年号を覚えることではありません。作品がどんな楽器のために書かれたかを知り、そのうえで現代の楽器をどう生かすかを考えること。そこに、歴史を学ぶ意味があります。

当教室主宰の著書「音楽教育のススメ(幻冬舎)」