
パイプオルガンは、送り込んだ風をパイプに通して音を出す鍵盤楽器です。鍵盤とパイプのあいだには、風をつくる装置、風をためて圧力を整える装置、風の通り道を開け閉めする装置が組み込まれており、これらが順に働くことで音が鳴ります。大きなものではパイプの数が数千本にのぼり、建物と一体になって設置されることも少なくありません。
この記事では、音が出る仕組みを風の流れに沿ってたどります。あわせて、ふいごの役割、古代から現代までの歴史、地域ごとの様式の違い、クラシック音楽での使われ方、実際に楽器へ触れられる機会をご紹介します。
パイプオルガンは、気鳴楽器に分類される鍵盤楽器です。弦をはじいたり打ったりするチェンバロやピアノとは異なり、音を出しているのはパイプのなかの空気の振動です。
1本のパイプが出せる音は、原則としてひとつです。鍵盤の音数ぶんのパイプをひとそろいにしたものを列(ランク)と呼び、音色の異なる列を何組も備えています。どの列を鳴らすかを選ぶ装置がストップ(音栓)で、これを組み合わせて音色と音量を設計する作業をレジストレーションといいます。
パイプは大きく2種類に分かれます。フルー管は歌口に風を当て、リコーダーと同じ原理で空気を振動させます。リード管は金属の舌(リード)を風で震わせ、輪郭のはっきりした音色になります。鍵盤は、手で弾く手鍵盤(マニュアル)が複数段あり、別に足鍵盤(ペダル)を備えるのが一般的です。手鍵盤ごとに担当するパイプ群(ディヴィジョン)が分かれ、段を替えることで響きを切り替えられます。
| 構成要素 | はたらき |
|---|---|
| 送風機・送風用のふいご | 風をつくり、送り出す |
| 貯気槽・調整ふいご | 風をため、圧力の変化を整える |
| 風道 | 貯気槽から風箱へ風を運ぶ |
| 風箱(かざばこ) | 鍵盤とストップの選択に応じて、パイプへ風を分配する |
| パイプ | 音を出す。フルー管とリード管がある |
| 鍵盤・アクション | 鍵盤の動きを風箱の弁へ伝える |
「空気はどこから来るのか」への答えは、出発点が送風機であり、貯気槽と風道を経て風箱からパイプへ届く、ということになります。アクションには機械式、空気圧式、電気式・電気空気式などがあります。電気空気式では、電磁石と空気圧機構を組み合わせて弁を操作します。機械式は鍵盤と弁が機械的につながっているため、弁を開く抵抗が鍵盤へ伝わります。
音の高さは、主にパイプの有効な長さによって決まります。長いパイプほど低く、短いパイプほど高い音になります。上部が開いているか閉じているかによっても、同じ長さで響く音の高さが変わります。一方、パイプの太さや形、歌口、リードの構造、風圧などは、音色の違いに深く関わります。
ストップ名に添えられる8′、4′、16′という数字は、開管の長さを基準にした音高の区分です。8′は楽譜どおりの高さ、4′は1オクターブ上、16′は1オクターブ下に響きます。ただし、上部を閉じたパイプなどでは、実際の管の長さと表示が一致しない場合があります。
一般的なパイプオルガンでは、鍵盤を押す強さによってパイプへ送られる風圧が変わるわけではありません。強弱は、おもに次の3つの手段によってつくります。
安定した風をつくることは、そのまま音を安定させることを意味します。ふいごは、その課題に長く応えてきた装置です。ただし、ふいごと呼ばれるものがすべて同じ働きをしてきたわけではありません。風を送り出す役割を担うものと、重りやばねで風圧を整える貯気・調整の役割を担うものがあります。歴史的な楽器では、2つが一体になっている場合もあります。現在の貯気槽は、後者の役割を受け継いだものです。
電動送風機が普及する以前は、ふいごを動かす役目の人が、演奏のあいだじゅう働いていました。オルガンが長らくひとりでは音の出せない楽器だったことは、この楽器の性格を考えるうえで見過ごせない点でしょう。
現在、演奏の大部分は電動送風機に支えられています。一方、歴史的な楽器の演奏や実演では、製作当時の運用条件を再現するために手動でふいごを動かす場合もあります。どちらかが優れているのではなく、目的に応じて選ばれるものです。
パイプオルガンの祖先とされるのが、古代ギリシアで考案されたヒュドラウリス(水オルガン)です。紀元前3世紀ごろ、アレクサンドリアの技術者クテシビオスによるものと伝えられています。「水オルガン」と呼ばれますが、水が直接音を出していたわけではありません。ポンプで送られた空気を、水を利用した圧力調整装置へ通すことで、ポンプの動きによる風圧のむらを整え、パイプへ比較的安定した風を送っていました。風を一定に保つ仕組みを組み込むこと。それが、この楽器のはじまりから現在まで変わらない基本の課題です。
古代から中世初期にかけて、水を用いる圧力調整機構に代わり、ふいごで風を送る方式がしだいに用いられるようになりました。西ヨーロッパへの伝来については、8世紀中頃にビザンツ帝国からフランク王国へオルガンが贈られたという記録が知られています。中世初期から教会や修道院で製作・設置されるようになり、しだいに礼拝と結びついていきました。この時期には、据え置き型のポジティフなど小型の楽器も数多くつくられています。
ルネサンス期には、ストップによって音色を選び分ける考え方が確立していきます。複数の列を独立して鳴らせるよう、風箱の構造も工夫されました。スライダー式の風箱は、この時代に広まった代表的な方式のひとつです。
17世紀から18世紀にかけては、地域ごとに特徴的なオルガン製作と作品が大きく発展しました。北ドイツのアルプ・シュニットガー、中部ドイツのゴットフリート・ジルバーマンといった製作家が、その地域の音楽に応じた楽器をつくり上げています。19世紀には、フランスのアリスティド・カヴァイエ=コルが、なめらかな音量変化と厚みのある基礎音を実現する楽器をつくりました。セザール・フランクらの創作を支えたこの系譜の楽器は、シンフォニック・オルガンと呼ばれます。
20世紀に入ると、ドイツを中心にオルガン運動(オルガン改革運動)が起こります。それ以前の時代の楽器の響きを見直し、その原理に立ち返ろうとする動きでした。ただし当時の知見には限界があり、歴史的な楽器に改変が加えられた例もあったとされます。現在では慎重な調査にもとづいて修復されるようになり、その時代の響きに近い音を聴くことができます。
| 時代 | おもな出来事と技術 |
|---|---|
| 紀元前3世紀ごろ | ヒュドラウリス(水オルガン)。水を用いた装置で風圧を整える |
| 古代〜中世初期 | ふいごで風を送る方式がしだいに広まる |
| 8世紀中頃 | ビザンツ帝国からフランク王国へオルガンが贈られた記録 |
| 中世 | 教会・修道院への設置。ポジティフ、ポルタティフ、レガール |
| 15〜16世紀 | ストップの確立。スライダー式風箱などの発達 |
| 17〜18世紀 | 地域ごとの様式が発展。シュニットガー、ジルバーマン |
| 19世紀 | シンフォニック・オルガン。カヴァイエ=コル |
| 20世紀〜 | オルガン運動と、慎重な修復・歴史的奏法の再評価 |
パイプオルガンは、その土地の建築、礼拝のかたち、音楽の様式と結びついて発展してきました。以下は代表的な歴史様式を理解するための目安です。同じ地域・時代でも、製作家、建物、改修歴によって構成や響きは異なります。
| 歴史様式 | 特徴の例 |
|---|---|
| 北ドイツ・バロック | 各ディヴィジョンの独立性、充実した足鍵盤、明瞭なプリンシパル合奏 |
| フランス古典 | リード管・コルネ・ミューテーションを用いる定型的なレジストレーション |
| イタリア・ルネサンス〜バロック | プリンシパル系を段階的に重ねるリピエーノを中心とする構成 |
| イベリア半島 | 水平に張り出すリード管を備える楽器がある |
| フランス・ロマン | スウェル、複数の8′音栓、厚い基礎音、段階的・連続的な強弱表現 |
この違いは、作品の演奏に直接関わります。フランス古典期の作品では、曲の題名そのものが用いるべきレジストレーションを示していることがあり、当時の楽器の構成と結び付いています。同じ作品を別の楽器で演奏するときには、その楽器にどのような音があるかを確かめ、組み立て直す作業が必要になります。
バロック期は、オルガンのための作品がもっとも豊かに書かれた時代です。バッハの《小フーガ ト短調》BWV 578、《パッサカリアとフーガ ハ短調》BWV 582、そして多数のコラール編曲は、いまも演奏機会の多い作品です。ブクステフーデ、フレスコバルディらも、その地域の様式に根ざした作品を残しました。この時代の作品は声部の絡み合いを聴かせる音楽が中心で、音が持続するというオルガンの性質は、複数の旋律を同時に追ううえで大きな利点になります。
19世紀には、オルガンがオーケストラ作品のなかでも用いられるようになります。サン=サーンスの交響曲第3番(「オルガン付き」)はその代表例です。独奏でも、メンデルスゾーン、フランク、ブラームスらが作品を残しています。オーケストラという合奏体の成り立ちとあわせて見ると、この時代の音楽の広がりが見えてきます。
19世紀後半から20世紀初頭には、ヴィドールやヴィエルヌが、フランスのシンフォニック・オルガンを背景にオルガン交響曲を発展させました。20世紀にはデュリュフレの作品や、メシアンによる独自の和声にもとづく作品も生まれています。パイプオルガンは、古い楽器であると同時に、いまも新しい音楽が書かれ続けている楽器です。
鍵盤楽器を学んできた方がはじめてパイプオルガンに向かうと、多くの場合、いくつかの点で戸惑われます。その戸惑いこそが、この楽器の性格をよく表しています。
ピアノでは、打鍵によって生じるハンマーの速さが音量に関わります。一般的なパイプオルガンでは、鍵盤を押す強さで風圧が変わるわけではありません。音量と音色は、ストップの選択と組み合わせ、手鍵盤の使い分け、スウェルなどによって組み立てます。指の力ではなく、何をどう鳴らすかを設計することが表現の第一歩になります。
ピアノの音は、鳴らした瞬間から減衰していきます。パイプオルガンでは、鍵盤を押して風が送られているあいだ、音は持続します。発音直後の立ち上がりや離鍵のときには音の変化があり、そこに建物の残響も加わります。ピアノでは自然な減衰が音の終わりをつくりますが、オルガンでは離鍵のタイミングと音同士の間隔が、アーティキュレーションやフレーズを形づくります。
足鍵盤は、単なる低音の補助ではありません。多くの作品で、独立した声部として書かれています。手だけで曲が完結しないという点は、他の鍵盤楽器にはない特徴です。
ピアノにも個体差がありますが、パイプオルガンでは、手鍵盤の数、ストップ構成、アクション、建物の響きまでが楽器ごとに大きく異なります。同じ作品でも、その楽器にある音でどう組み立て直すかを、そのつど考えることになります。
パイプオルガンを学ぶ場合、多くは鍵盤楽器としての基礎を土台にして始めます。楽譜を読み、複数の声部を独立して聴き分けながら、両手と両足を協調させる力です。鍵盤楽器の基礎練習で身につけた読譜や運指の経験は、オルガンを始めるうえで役立ちます。ただし、離鍵を含む独自のタッチ、足鍵盤、レジストレーションなど、別に学ぶ必要のある技術もあります。和声の進行を把握する力も欠かせず、これはソルフェージュが扱う領域です。学べる場所は、音楽大学のオルガン科、教会やホールが開く講座など、限られてはいますが確かに存在します。練習用の楽器を確保できるかどうかも、学習を続けるうえでの現実的な条件になります。
パイプオルガンは、録音で聴くのとその場で聴くのとで、印象が大きく異なる楽器です。低音のパイプが鳴らす空気の震えは、身体で受け取るものだからです。国内でもパイプオルガンを備えたコンサートホールや教会は各地にあり、短いランチタイムコンサート、楽器の内部を案内する見学会、鍵盤に触れられる試奏体験、子ども向けの講座などが開かれています。演奏会と比べて参加しやすい機会も少なくありません。
当教室主宰らの著書『音楽教育のススメ 改訂版』でも、コンサートホールや自治体が主催するワークショップ・体験イベントが、パイプオルガンの試奏や演奏家との交流といった、普段は味わえない経験ができる機会として紹介されています。開催情報は、各ホールや文化施設の公式サイト、自治体の広報などに掲載されています。趣味で楽器を始めることを考えるうえでも、実際の音に触れる機会は手がかりになるでしょう。
電動送風機がつくった風が貯気槽にためられて圧力を整えられ、風道を通って風箱へ送られます。鍵盤を押すと弁が開き、パイプに風が入って音が鳴ります。電動送風機の普及以前は、人がふいごを動かして風を送っていました。
祖先とされるヒュドラウリス(水オルガン)は、紀元前3世紀ごろ、アレクサンドリアの技術者クテシビオスによるものと伝えられています。ただし現在の姿は、その後2000年以上にわたって多くの製作家が改良を重ねた結果であり、ひとりの発明者に帰することのできる楽器ではありません。
鍵盤を押す強さでは音量は変わりません。ストップの種類と組み合わせを変える、手鍵盤を移るかカプラーを使う、スウェルボックスの扉を足で開閉する——おもにこの3つの手段によって強弱をつくります。
パイプオルガンはパイプのなかの空気を振動させて音を出します。リードオルガン(足踏みオルガンなど)は金属の舌の振動を音源とし、パイプを持ちません。電子オルガンは電気的に音を合成します。名称は近くても、音の出る原理はそれぞれ異なります。
パイプオルガンは、風をつくり、ためて、圧力を整え、パイプへ送るという仕組みの上に成り立っています。古代の水オルガンが水で風圧のむらを整えていたことも、現在の貯気槽の役割も、同じ課題への答えです。そして、打鍵の強さで音量が変わらないこと、音が持続すること、楽器が一台ごとに異なることは、この楽器を不便にしているのではなく、音の始まりと終わりを奏者が設計する楽器にしています。
楽譜を読み、自分の出す音を聴きながら音楽を組み立てる力は、さまざまな楽器に共通する基礎です。小林音楽教室では、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、フルート、声楽、ソルフェージュなどの体験レッスンを承っています。
当教室主宰の著書「音楽教育のススメ(幻冬舎)」