「声に良い食べ物は何か」「歌う前に何を飲めばよいか」——声を使う人なら一度は気になる問いです。ただ、声に関する食事や飲み物の話には、研究で比較的よく分かっていることと、長く語られてきたものの十分な根拠が確認されていないことが混ざっています。この記事では、その二つを分けたうえで、比較的分かっていること、一律には言えないこと、自分の体調で調整することの順に整理します。
先に結論を述べると、特定の食品を食べれば良い声になる、という確立した根拠はありません。比較的確かなのは、脱水と乾燥を避けることです。
声帯は喉頭の中にあり、飲んだ水や食べ物は食道を通って胃へ向かうため、声帯に直接触れることはありません。水分が声に関わるのは、体全体の水分状態が粘膜の性状に影響するという間接的な経路です。一方、声帯の表面の水分環境は、吸い込む空気の乾燥などの影響も受けます。「飲んだ水がすぐ喉を潤す」というより、「体の水分状態と、吸う空気の乾き具合」の二つを別々に整える、と考える方が実態に近いといえます。
成人を対象にした研究を集めた系統的レビューでは、脱水状態では声の音響的な指標が悪化し、水分を摂ることで改善すること、また口呼吸などで乾いた空気を吸い続けると声帯表面の乾燥が起き、声を出すのに要する力が増すことが報告されています。ただし、これらは小規模な研究や実験的に乾燥させた条件を含むもので、「水を飲めば良い声になる」と言い換えるべきものではありません。分かっているのは「脱水と乾燥は避ける」という範囲です。
もう一つの基本は、声の使いすぎを避けることです。長時間の練習や大声のあとに声がかすれるのは、飲食よりも使い方の問題である場合があり、休息が要ります。
基本は水です。日常的に適切な水分を摂り、脱水を避けることが基本です。温度や種類については、研究で決まった答えがあるものは多くありません。
現時点では、普段問題なく飲んでいる人が、声のためだけにコーヒーを一律に避ける必要があるとは言えません。ただし、研究数はまだ少なく、声への影響がないと断定できる段階でもありません。
カフェインには利尿作用があるため、体の水分を減らして声に悪いのではないか、と考えられてきました。カフェインと声の関係を調べた研究を集めた系統的レビューでは、調べられた範囲では声の指標に悪影響は確認されていません。ただし対象となった研究は少なく、著者自身も結論を出せる段階ではないとしています。カフェイン飲料を飲む場合も、水は別に摂っておくのが無難です。
「冷たい飲み物で声帯周囲の筋肉が縮む」という説明を見かけますが、この説明を支える声に関する根拠は、今回確認した資料では見当たりません。飲み物の温度は、医学的な必須条件としてではなく、本人の飲みやすさや体調に合わせて考えるのが妥当です。
はちみつが声を良くしたり、飲んだはちみつが声帯を直接潤したりすることを示す根拠は確認できません。声への特別な効果を期待せず、通常の飲み物の選択肢の一つとして考えることはできます。同じことは、ショウガや特定の果物についてもいえます。成分に何かが含まれていることと、それを食べて声に効くことは別の話です。
アルコールや炭酸飲料が、すべての人の声に直接悪影響を与えるとする十分な根拠はありません。一方で、胃食道逆流症では症状を誘発する飲食物になる場合があり、日本消化器病学会のガイドラインも、アルコール・コーヒー・炭酸飲料などを症状に関係し得る項目として挙げています(効果には個人差があるとされています)。逆流の症状がある人は、自分の誘因になっていないかを確認してください。
「これを食べれば声が良くなる」という食品は、研究の上では確認されていません。特定の食品だけで考えるのではなく、体調や食事の量・タイミング、逆流症状との関係も含めて考える必要があります。
一律には言えません。牛乳が粘液の分泌量を増やすという根拠は確認されておらず、飲んだあとの粘り感は、牛乳の質感が口の中に残ることによる感覚だとする説明があります。一方で、もともと鼻や喉の分泌感を訴えていた人を対象にした試験では、乳製品を控えることで自己申告の分泌感が下がったという報告もあります。日常的に問題がなければ、声のためだけに乳製品を除く根拠は十分ではありません。飲んだあとの粘り感が気になる人は、本番前など必要な場面で、自分の反応を確かめておくとよいでしょう。
食事が声に関係する一つの経路として、胃の内容物の逆流があります。逆流が喉まで及ぶと、声がれ、喉の違和感、痰が絡む感じ、咳払いが増えるといった症状につながることがあります。食べ過ぎ、就寝前の食事、脂肪の多い食事、アルコール、辛いものなどが逆流の引き金になる人がいます。ただし、声がれや喉の違和感があればすべて逆流が原因というわけではなく、米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会の嗄声ガイドラインも、症状だけで逆流と推定して治療を始めることを勧めていません。胸やけなどの症状が続く場合は、医療機関で相談してください。
声のために、すべての人に一律に当てはめられる「何時間前まで」という基準を示す十分な根拠は確認できません。食べ過ぎて苦しくなる人、逆流が起きやすい人、空腹で集中しにくい人、それぞれ避けたいことが違います。普段の練習やリハーサルで、自分に合う量とタイミングを確かめておくのが現実的です。本番当日に初めて試すことは避け、いつもの食事に近い内容にするのが無難です。
飲食だけでなく、空気の乾燥、休息、声の使い方も声のコンディションに関係します。空気が著しく乾燥する環境では加湿を検討し、乾いた空気を長時間吸い続ける状況に注意します。米国の国立聴覚・コミュニケーション障害研究所(NIDCD)も、十分な水を飲むこと、乾燥時に加湿器を使うこと、声の使いすぎと喫煙を避けることを案内しています。なお、熱湯を入れた容器から蒸気を吸い込む方法は、やけど事故の危険があるため勧めません。
痰が絡む感じがするときに咳払いを繰り返すことは、声帯に負担をかけます。水を一口飲む、唾を飲み込むなど、咳払いを繰り返さない方法を試します。喫煙は声帯への刺激として避けるべきものです。
声がれが一か月以上続くときは、耳鼻咽喉科医または気管食道科医に相談するよう、日本気管食道科学会が案内しています。飲食の工夫で様子を見続けるより、原因を確認する方が先です。
ここまで見てきたとおり、声のための飲食は「絶対にこれを避ける」「これを摂れば良くなる」という形では決まりません。研究で分かっているのは脱水と乾燥を避けることまでで、コーヒーや乳製品のような通説は、一律の禁止を支える根拠が十分ではない一方、感じ方に個人差があります。
実践としては、飲食と声・喉の状態を簡単に記録しておくと、特定の飲食物と症状が繰り返し重なるかを振り返る手掛かりになります。ただし、睡眠や発声量、室内の乾燥など多くの要因が関わるため、自己記録だけで原因を断定することはできません。胸やけや長引く声がれのような症状は、好みの問題ではなく医療の問題として分けて考えてください。
良い声を支える飲食の基本は、脱水を避けて水をこまめに摂り、乾燥した空気を避けることです。特定の食品で声が良くなるという根拠は確認されておらず、コーヒーや乳製品を一律に禁止する根拠も十分ではありません。逆流の症状がある人は食事の量とタイミングを見直し、本番前の食事は普段の練習で自分に合う形を確かめておく——研究で比較的分かっていることと、自分の体調についての観察を分けて考え、一律の禁止や特効食品に頼らないことが大切です。
Alves, M., Krüger, E., Pillay, B., van Lierde, K., & van der Linde, J. (2019). The Effect of Hydration on Voice Quality in Adults: A Systematic Review. Journal of Voice, 33(1), 125.e13–125.e28. https://doi.org/10.1016/j.jvoice.2017.10.001
Georgalas, V. L., Kalantzi, N., Harpur, I., & Kenny, C. (2023). The Effects of Caffeine on Voice: A Systematic Review. Journal of Voice, 37(4), 636.e7–636.e19.
Balfour-Lynn, I. M. (2019). Milk, mucus and myths. Archives of Disease in Childhood, 104(1), 91–93.
Frosh, A., Cruz, C., Wellsted, D., & Stephens, J. (2019). Effect of a dairy diet on nasopharyngeal mucus secretion. The Laryngoscope, 129(1), 13–17.
Stachler, R. J., et al. (2018). Clinical Practice Guideline: Hoarseness (Dysphonia) (Update). Otolaryngology–Head and Neck Surgery, 158(1_suppl), S1–S42.
日本消化器病学会(2021)『胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021(改訂第3版)』南江堂
National Institute on Deafness and Other Communication Disorders (NIDCD). Taking Care of Your Voice. https://www.nidcd.nih.gov/health/taking-care-your-voice
日本気管食道科学会「嗄声(声がれ)」(学会ウェブサイト)

当教室主宰の著書「音楽教育のススメ(幻冬舎)」