子どもの音楽教育と脳・認知発達|研究でわかっていること

「音楽を習うと脳が育つ」という話を耳にしたことがある方は多いと思われます。ただし、この言い方には複数の意味が混ざっています。

脳の活動に変化が見られることと、学力や知的な能力が広く伸びることは、別の主張です。

この記事では、その違いを分けたうえで研究がどこまで示しているのかを整理し、当教室の考え方をお伝えします。

「脳が育つ」とは、何を意味するのか

「脳が変化する」と一口に言っても、そこには水準の異なる話が含まれています。

  • 音楽を聴いたり演奏したりしている最中に、特定の部位が反応する
  • 学習の前と後で、脳の活動のしかたが変わる
  • 長く続けてきた方とそうでない方とで、構造や結合に違いが観察される
  • 認知能力を測る課題の成績が上がる
  • 日常生活や学業の場面で、実際に役立つ変化が生じる

これらは同じことではありません。上の観察が得られても、下まで自動的に成り立つわけではないのです。

また、音楽の経験がある方とない方とで脳に違いが見られたとしても、その原因は特定できません。音楽の学習によって生じたのか、もともとの個人差が音楽の続けやすさに関係したのか。両者を比べるだけの研究では、そこを区別できないのです。

いわゆる「モーツァルト効果」も、この区別があいまいなまま広まった例です。詳しくは記事末で触れます。

研究の結果は、どの能力を測るかで変わる

音楽の学習が音楽以外の能力に及ぶことを、研究の分野では「転移」と呼びます。ただし転移は一様ではなく、測る能力が音楽の活動からどれだけ離れているかで根拠の強さは違います。

能力の例現時点で言えること
①直接的な学習成果音程・リズム・読譜・演奏技能・聴音・合奏実際に練習した内容に近い技能は、学習を通して向上しやすい
②隣接する認知能力行動を抑える力、短い時間だけ情報を保つ力、切り替えの柔軟さ、音の処理小さな肯定的効果を報告するメタ分析があるものの、対象や方法によって結果が異なる
③広い領域への転移一般的な知的能力、総合的な学業成績、性格一貫した因果関係を示す強い根拠は乏しく、断定できない

③の層については、研究デザインを厳しくするほど効果が小さくなるという報告があります。

一方、②の層については、近年、小さな肯定的効果を報告するメタ分析もあります。ただし、それらに含まれる研究の質にはばらつきがあることも指摘されています。

つまり、「音楽以外の能力が一律に伸びる」と結論づけることはできません。同時に、「効果はまったくない」と断定することもできないのです。

なぜ研究によって結論が分かれるのか

同じ問いを扱っていても、次の点の扱いが変われば結論は変わります。

  • 参加者を無作為に割り当てているか
  • 比較の対象として、別の活動に取り組む群を置いているか
  • 訓練の内容と、続けた期間
  • 何をもって能力を測ったか
  • 音楽に近い能力と遠い能力を、どのように区別したか

実際、あるメタ分析の手法に対して、同じデータを別の方法で再分析し、異なる結果を報告した研究もあります。

音楽の学習で、直接身につけていくこと

楽器の演奏を練習すれば、その楽器を扱う技能や、取り組んだ曲を演奏する力が伸びていきます。聴音を学べば音を聴き分ける経験が増え、絶対音感に関わる学びにもつながります。楽譜を扱うレッスンでは読譜の力を、合奏や連弾では、ほかの奏者の音を聴きながら自分の音を調整することを学びます。

これらは、音楽から離れた能力への転移ではありません。取り組んだ内容に近い、直接的な学習の成果です。

ただし、何がどこまで身につくかは、学習の方法、続けた期間、本人の発達の段階によって異なります。楽譜を扱わない活動なら読譜の力は直接には育ちませんし、合奏の機会がなければ合わせる経験も積まれません。

研究とは別に、当教室が大切にしていること

ここまでは、音楽以外の能力への転移について研究が示していることを見てきました。それとは別に、当教室では、音楽そのものを学ぶ過程に教育としての価値があると考えております。

主宰らの著書『音楽教育のススメ 改訂版』は、音楽教育を通して育つものとして、感性・論理的思考力・自己表現力の三つを挙げています。楽譜を読み解いて曲の構造を考えること、自分が感じたことを音にすること、ほかの方の音を聴いて調整すること。そうした経験を重ねること自体に意味がある、という考え方です。

これは、認知能力の測定によって裏づけられた科学的な主張ではありません。長年の指導の現場から積み上げてきた、教育上の考え方です。同書は音楽教育の意義を、音を聴き取り、自ら感じ、表現しようとする感性を育てることから語っています。

音楽を始める理由を、効果だけに限定しない

指導の現場から、お伝えしておきたいことがあります。

学力や集中して取り組む力など、音楽以外の変化だけを目的にすると、期待した変化が短い期間で見えないときに、続ける意味を見失うことがあります。音楽の学習は、数か月で目に見える変化が出るようなものではありません。

判断の材料は、ひとつに絞らないほうがよいと考えております。本人が音に関心を示しているか、レッスンでどのような経験をしているか、少しずつできることが増えているか。加えて、講師との関係や、家庭で無理なく続けられるかといった条件も関わってきます。

教育の効果について書かれた説明を読むときは、次の点をご確認ください。どの年齢が対象か、何と比べているか、どのくらいの期間を見たものか、何を測った研究なのか。ここが分かると、内容を受け取りやすくなります。

年齢と活動の選び方

始める時期は、年齢だけで一律に決まるものではありません。発達の段階に合った活動であること、本人が音や動きに関心を示していること、家庭で無理なく続けられること。こうした点を合わせて考えます。

乳幼児期には、歌う、身体を動かす、音で遊ぶといった活動から始め、成長に応じて楽器の演奏へ進む方法もあります。幼児リトミックは、その入口のひとつです。

楽器を始める年齢については子どもにピアノは何歳から?で、音楽を学ぶことで得られる経験については楽器を習うメリットとは?で解説しています。

よくあるご質問

音楽を習うと、学業成績は上がりますか?

上がると言い切れる根拠は、現在の研究では得られていません。学業成績のような広い範囲の能力については、研究デザインを厳しくすると効果が小さくなるという報告があります。成績のために行うものではないとお考えください。

モーツァルトを聴かせると効果があると聞きました。

1993年に報告されたのは、大学生が特定の空間的な課題に取り組む際の、一時的な成績の変化でした。その後の研究をまとめたメタ分析では、特定の作曲家に固有の効果は支持されていません。

赤ちゃんに音楽を聴かせるのは意味がありますか?

聴かせること自体を否定するものではありませんが、そこに特定の効果を期待する根拠は乏しいのが現状です。音を交わす時間そのものを楽しんでいただくのがよいと考えております。

「音楽で脳が育つ」と書かれた記事は、間違っているのですか?

完全な誤りとまでは言えません。どの能力について述べているかによります。取り組んだ内容に近い技能や、一部の認知能力については肯定的な報告もあります。ただし、学力や一般的な知的能力まで広く伸びると断定できる段階ではありません。

主な参考資料

  • 音楽訓練と認知・学業成果(多水準メタ分析):Sala G, Gobet F. Memory & Cognition(2020年)
  • 学校での音楽訓練(メタ分析):Cooper PK. Psychology of Music(2020年)
  • 上記への再分析・反論:Bigand E, Tillmann B. Memory & Cognition(2022年)
  • 「モーツァルト効果」:Pietschnig J ほか Intelligence(2010年)

まとめ

「音楽で脳が育つ」という言い方には、いくつもの水準が混ざっています。取り組んだ内容に近い技能は、学習を通して伸びていきます。一部の認知能力については、小さな肯定的効果を報告する研究もあります。一方、学力や一般的な知的能力まで広く伸びると断定できる根拠は、現時点では得られていません。

どの能力について、何と比べて、どのくらいの期間を見た話なのか。そこを分けて読むことが、効果について書かれた説明を受け取るうえで役に立ちます。

そして、そのことは音楽を学ぶ意味を減らすものではありません。音を聴き分ける力、感じたことを音にする力、ほかの方と合わせる力。それらは、音楽を学ぶことによって育っていきます。

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